本来なら、家族そろって幸せな新生活がはじまるはずだった。
ところが私はパートナー選びを間違ったため不幸のどん底に落ちていった。
その日も朝、隣で眠る可愛い娘を見ながら、『朝なんて来なければいいのに…』と曇った心のまま私はゆっくりと起きた。
私のすること全てが気に入らない男
『オレはアメリカに帰ってからも毎朝6時には起きるからな、もちろんお前も』
そう言っていたオリバーが朝9時、10時に起きるのは当たり前になっていたので、その日彼が珍しく私と同じ時間に起きてきたとき私は驚いた。
そして、私はこの後”二度と早く起きないで欲しい”と思うようになるのだ。
オリバーは私の行動をチェックしていた。
『なんだお前、早く起きても自分のことしかしてないじゃないか!』
『エマの朝食は用意したのか!昼食は?』
また始まった…。私が『用意した』と手短に答えるとオリバーはこういった。
『でもエマはいつも食事の時間に泣くじゃないか!準備できてないからだ』
うるさい…偉そうに言うな!ミルクなんて作ったところで温め直さなきゃいけないんだわボケ!
私は心の中で叫んだ。
1人の時間に自分の事できないんならいつすればいいんだよ!そもそも肌の手入れしたきゃ早く起きろと言ったのは自分じゃないか!私のイライラはピークに達していた。
自分の事と言っても顔を洗って歯を磨いてと普通のことをしてるだけ。
オリバーが日中しているようなTV見てるわけでもゲームしてるわけでもない。
オリバーはどんな小さなことでも私をいじめる要素があれば見つけようとしているようだった。
エマと朝食が終わり、一緒に遊んでいるときだった。
『ピロン』
携帯にメッセージが届いた。
オリバーからだった。
言葉はなく、たった一通の写真。
キッチンアイランドに1滴ついていたミルクか何かのシミだった。
写真だけ送ってきたオリバー。
『相変わらずきたねぇなお前』
とその写真が語っていた。
その数時間後、オリバーは買い物に行くことにしたようだ。
何が必要かというので、エマのご飯の材料、そして私が食べたかったアイスも頼んだ。
『アイスなんかいらん』
オリバーはそう言い捨てた。
たったの5ドルでも買おうとしないんだ。
勇気を出して言ってみた結果やはりこれだった。
別にアイスくらい自分のお金で買える。
でもオリバーは買い物に私たちを連れて行こうとしないのだ。
近くのスーパーへ歩いていくことはできない距離。
私たちは、家の中に閉じ込められたままだった。
お前の歯磨き姿は大嫌いだ
オリバーは私を避けていた。
避けていながら『俺たちはコミュニケーション不足だ』と言い放つ。
そんなオリバーが私が洗面所にいるのをわかっていながら近づいてきた。
歯を磨いていた私は、珍しいな、と顔を彼の方に向けた。
するとオリバーが言った。
『I hate to see you brushing your teeth.』
お前の歯磨き姿が嫌いだ。
そう言ってニヤリとしながら立ち去った。
『お前の・・・嫌いだ。』
とだけ言われた私は唖然として言葉を失っていた。
(は?なんで?)
と思ったが、とにかく私の歯磨き姿が嫌いらしい。
私は沖縄での出来事を思い出した。
そうだ。あの時彼は、歯磨き粉を貸してといった私にこう言ったんだった。
『嫌だ。お前が使うと汚くなるから』
キャップの内側が汚れる、という意味らしかった。
人間が生きるということはどういうことなのか、、、、オリバーはわかっていないのだろうか。
私はこれは『お前が歯磨きすると鏡に飛び散ってきたないから嫌いだ』という意味なんだろうと解釈し、ムカッとしながら彼が使う側のミラーをチェックした。
すると
私よりずっとしぶきがたくさん飛んでいて汚かったのだ。
しぶきが飛ぶのはともかく、人に『お前が汚す』と言い放った自分も普通に汚していながら掃除してないじゃんか。
私は思わず写真を撮った。
これが王様オリバーだ。
自分のしていることは見えてない。
人のあら捜しだけは得意なのだ。
私は自分が使っているサイドの鏡を見てみた。
「おい!私のが綺麗じゃんか」
私はそうつぶやいた。
女はみんなクレイジーだ
それから1週間後、オリバーの機嫌がよかったのか、オリバーは車で1時間くらいの都市部の公園に私たちを連れて行った。
なかなか斬新なデザインの高層ビルが立ち並ぶ中に、その公園はあった。
見たことのない光景を見てエマは喜んではしゃいでいた。
私は、オリバーが一緒にいるだけで憂鬱だった。
そして、私たちは遊具のある場所に向かった。
そこには、他に遊びに来ているママがいた。
すると突然オリバーは私に言った。
「お前友達が欲しいんだろ。話しかけてこれば」
は?急に何言ってんだ、と思って私は黙り込んだ。
確かに私は日本で友達がいっぱいいたし、友達と一緒に過ごすことが好きだった。そしてオリバーにもアメリカで友達をいっぱい作りたい、とも話していた。
でも・・・
でも、、、、、
渡米初日から毎日チクチクと嫌味を言い、行動を制限したり監視したりモラハラし放題のオリバーと一緒にいた私のテンションは地に落ちていたのだ。
「話しかけてこい」
…とてもそんな気になれなかった。
少なくともオリバーがいては、会話の内容さえ聞いて後で何か言ってくるに違いない。
私はオリバーを無視し、黙りこくってエマだけを見ていた。
『なんだ、おまえ、友達欲しいとか言って話しかけないじゃないか』
私は聞こえないふりをした。
公園から帰る時、車に乗った私にオリバーは言った。
「女はみんなクレイジーだ」
突然なぜ彼がそう思ったのかはわからなかった。
自分の娘は女ですけど…。私は彼の心の中に両親、そして祖母への消えることない強い憎悪が残っているのを感じながら何といえば良いのかわからずにいた。
そうして私たちは、彼が決めた小汚いレストランに向かった。
オリバーは決して私に食べたいものを聞くことはなかった。
時速190㎞
オリバーには両親はいなかったが、妹そして2人の弟がいて、皆近くに住んでいた。
クリスチャンのアメリカ人には、両親とは別に『God parents』と呼ばれる代父母がいる。
オリバーはクリスチャンではないようだったけれど、彼の一家はクリスチャンだったようで、両親のいない彼らを育てた祖父母の友人がゴッドペアレンツの役割をしていたようだ。
オリバーは渡米2か月目にようやく彼らに私たちを紹介した。
ゴッドマザーはよく喋る明るそうな人だったが、私が日本から持って行ったお土産を開けることはなかった。
オリバーは彼らに対してどんな思いがあるのか…。祖母と同じように憎んでいるのか、それとも彼らにはお世話になったのか、、その関係はよくわからなかったが、少なくともゴッドペアレンツを憎んでいるようには見えなかった。
オリバーは家族たちの前ではとにかくエマを抱っこしたり隣に座らせたり、家での様子とは真逆で積極的に世話をした。
それはモラハラ男によくあると言われる『人前で自分をよく見せたい』という気持ちがあったのかもしれない。
振り返ってみれば、子供が生まれたあと、沖縄で知り合った亜美さんとグレッグの寮に遊びに行った時もそうだった。
オリバーは張り切ってみんなのためにラザニアを作っていた。
オリバーは根拠のない自信をいつも持っていたが、料理も例外ではなく、私はよく『〇〇にサルサソースの作り方を教えてと言われたから教えてやった』とか『こんなに美味しいのは初めてだと言われた』とか聞いていた。
そういう私も、彼と2度目のデートでタコスを作ってもらった時、『こんなに美味しいの食べたことない!』と言ってしまっていた。
正直、それはオーバーに褒めただけだったのだが、今考えるとオリバーの自己評価を必要以上にあげてしまっていたのかもしれない。
オリバーは料理は下手ではなかったが、何をやるにも時間のかかる男だった。私から見ると、ほめられたくて完璧に作ろうとしているように見えていたし、ラザニアの時もそんな感じで一人でキッチンを占領していた。
誰にも手伝わせようとしないのは『オレの手柄』を取られたくないからだろう。
いつまでかかるんだろう…私が進行具合を聞こうかと無言の彼に『今何やってるの?』と聞くと
『料理に決まってる。何やってると思ってんだ』
とバカにしたような笑みを浮かべて答えた。
(そりゃ料理やってることは誰だってわかるわ!会話下手か!)
会話が続かないことに私はイライラしていた。
(この人つまらん人だわ)と私は思い、話しかけるのをやめた。
亜美さんとグレッグは別の部屋で子守をしていたため、私は一人、リビングでTVを見ていた。そのとき『はじめてのおつかい』がTVで放送されていたのだけれど、そこで私は思わず声を上げた。
『あ!〇〇だ!!』
昔の同僚がTVに出ていたので、思わず振り返ってオリバーに言った。『この人私の元同僚だよ!』
あろうことか、オリバーは私を完全に無視した。
昔の同僚は外国人。外国人男性だったのが気に入らないのか、TVに出ていたのが私の同僚だったのが気に入らないのか、自分のラザニアが一番注目されたいのか、とにかくオリバーは私の言葉を無視した。
しばらくしてやっとラザニアが完成した。
時間をかけて作った特製ラザニア。といっても半分は出来合いのものを使っているから一から全て作ったわけでもなく、言ってみれば普通のラザニアだった。
でもオリバー曰く『普通はやらないが、おれはここにクリームチーズを入れる。こうすると格段にうまくなるんだ』と自慢げに言った。
オリバー自慢のラザニアは、亜美さんとグレッグにはそれほどインパクトを与えなかった。
まあほめちぎるようなラザニアでもなかったし、私はきっとグレッグは何年も一緒にいてこういうオリバーの性格を見てきているんだろうと思い、また俺自慢か…みたいな感じに思っているのかもな、と思っていた。
オリバーは反応がイマイチだったためか、少し気まずそうな感じで『どう?』と感想を聞いていた。
グレッグさんも亜美さんも、言わされた感満載でおいしいよ、と言った。
この『人前で評価されたい』『あなたは凄いね』と言って欲しいオリバーの態度は、あちこちで見られた。
外に出るといい顔するため、ゴッドペアレンツにとってもエマがオリバーに全くなついてないことは気づいてなかっただろう。
それから数週間後に私たちはゴッドファーザーの誕生日会に呼ばれた。
60歳の誕生日で、誕生日会にはテーマがあり、確か50年代か60年代かの恰好だったかをしてきて欲しいと言われたような気がする。
私はヒッピーっぽい恰好で行くことにし、ヘッドバンドを購入。ようやく連れて行ってもらえたショッピングモールで買ったものだった。
(オリバー着てくものあるんだろうか)
ファッションに全く興味のないオリバーが何を着ていくのか気になった。
誕生日会の時間が迫っていた。
『◎時に出発するからそれまでに準備しろよ。お前先に準備してくるか、後にするかどっちがいいんだ?』
エマの面倒を交代でみるためそう聞かれ、のろまのオリバーを先に行かせることにした。
『先に準備してきていいよ』
そう、オリバーのことを始めは威厳ある男性だと思っていたが、彼は単なるのろまだったのだ。
彼が先に行けば、私は時間内でできる準備だけすればいいと思ってそう言ったのに、オリバーは聞いておきながらこう言った。
『いや、お前が先に行ってこい』
なんじゃそりゃ、、なんで聞いたんかい、と思いながら私は着替えに行った。
オリバーに出発まで十分な時間を残して戻ってきたつもりだったが、オリバーは『遅いな』という態度で少し怒っているようだった。
オリバーは出発時間になっても来なかった。
(何やってんだろ…やっぱ自分が先にいけばよかったじゃん)と思っていると、とても不機嫌な様子でオリバーがやってきて『行くぞ!』と車に乗り込んだ。
スーツを着ているオリバーを始めて見たが、それよりもスーツ着るだけになんでこんな時間かかるんだと不思議だった。
『お前が遅かったから遅れた』
と自分が順番を譲っておいてオリバーはやっぱり私のせいにした。
私はそのとき何と言い返したのか、それとも黙っていたのか覚えていない。この日の事は日記には書いてなかったけれど、その後のことが強烈だったため記憶に残っているのだ。
ゴッドペアレンツの家まで高速道路を使わなくてはいけなかった。
高速道路の制限速度は時速70mph(時速112㎞)なかなかの速さだ。
『アジア人はちんたら走る』と以前オリバーが言っていたのは、このせいなのか…。
私は車線変更をやたら繰り返しながら、無言で時速112㎞でぶっ飛ばすオリバーを心配しながら横目で見ていた。
オリバーはスマホのグーグルマップを見ながら高速の運転をしていたのだ。
(この人、エマが乗ってること忘れてないよね…怖いんだけど。。。)
鬼の形相で運転をしているオリバーに『私が地図みてあげるよ!』なんて言っても無駄なことは百も承知だったからとにかく命が無事であるように祈るしかなかった。
するとオリバーは時間に間に合わないと思ったようでイライラし始めた。
そして車のスピードはどんどん上がっていったのだ。
怖いッ…!!!!!
ぶつかったら即死だ、、、
もしかするとオリバーは私たちを巻き添えに死ぬつもりじゃないだろうか…
私の心臓はバクバクし始めた。
再び横目でスピードメーターを見た。
スピードメーターは120を指していた。
え!…え!!!120㎞じゃないもんね、120マイルだもんね…てことは…193㎞???
bordertelegraph.com
ギャーーーー!!!!!やめてやめてやめて!!!!
私は爆発しそうな心臓を抑えて心の中で叫んでいた。
日本で私や母が運転すると、急ブレーキだのスピードがどうのと文句ばかり言っていたのを思い出しながら私はオリバーという人間の本性をハッキリと見て思った。
この男、危険だ…。
私たちはともかく自分が死ぬことは絶対嫌なはずのオリバーがこの時死んでもいいと思っていたとは思えない。単に私を怖がらせたかったのか、それとも自分の運転技術を過信していたのか、もしくは単にイライラするとスピード狂になる男だったのか、そのどれかであることは間違いないだろう。
とにかく私は必死で神様に祈り続けた。
その思いが届いたのか、私たちは奇跡的に無事に到着した。
オリバーは何事もなかったかのように皆の前で明るく振舞い、その日は終わった。
こんな生活がしばらく続くことになるとは想像したくもなかった。
そして私の精神はますます落ち込んでいき、ついに死を意識するようになっていったのだ…。
(続く)
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