【ジキルとハイド】モラハラ男ナルシシストのいい時と悪いときが別人!解離性同一性障害にも見える理由。

ナルシシスト

みなさんこんにちは、アメリ子です。モラハラ男、モラハラ夫、モラハラ女、モラハラ両親、モラハラ上司…いろんなモラハラ加害者がいると思いますが、この人たちが親やパートナーなど家族だった場合、いつも彼らのご機嫌を伺いながら過ごしている方が多いと思います。

 

このモラハラ加害者のナルシシストたちのことを語る時、とても良く聞くのが「Jekyll & Hyde(ジキルとハイド)」の話です。複数の専門家や多くの被害者たちが話題にする二重人格を題材にした有名な小説です。

 

これを聞いたことがなくても、ナルシシストと一緒にいる人は彼らが「ホントに同じ人物??」と思うような瞬間を何度も見ているんじゃないでしょうか。

天使の仮面をかぶった悪魔、 羊の皮をかぶった狼…いろんな風に言われてますが、とにかく全く別の人のように見える時があるんですよね。

 

今回はジキル博士とハイド氏の話を中心に、こういったナルシシストの別人のように見える2面性について執筆していきたいと思います。

 

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ジキルとハイド

 

ジキルとハイドは1886年に出版された、イギリスの作家ロバート・ルイス・スティーヴンソンの小説。

 

二重人格を題材にした代表的な作品。そのため、解離性同一性障害の代名詞として「ジキルとハイド」が使われることも多い。この作品は怪奇小説的で、裏の顔を持つジキルが薬を飲むことによって性格、および容貌までも変化していることが特徴である。                       wikipedia

 

ジキル博士とハイド氏は同一人物です。ハイド氏はサディスティックで残酷で、殺人を始め恐ろしいことばかりやっていた一方、ジキル博士はただの普通の人で、悪人ではありませんでした。ジキル博士が自分で調合した薬を飲むと、恐ろしいハイド氏に変わってしまい、最後にはそのハイド氏を消すために自殺してしまいます。

 

 

あらすじはWikipediaにも載ってますが、実際に読んだり観たりする価値のある作品です。

 

いろんなバージョンがあると思いますが、私はJohn Hannah演じる映画版小説と若干違う)がとても面白くわかりやすいので、本を読みたくないけどもっと知りたいという方にはお勧めします。ホラー系が大っ嫌いな私も最後まで見れました。(怖い場面もあるけど…)

 

 

小説The Strange Case of Dr. Jekyll and Mr. Hyde(ジキル博士とハイド氏の奇妙な事件)もgoogle booksなんかで無料で読めます。

 

多くの人がこの作品に興味を持ったのも、二重人格的なところって大なり小なり誰でもたいてい持ち合わせているからじゃないでしょうか。ただし、普通はハイド氏のような邪悪な感情を理性で押し殺したりして調整しています。

 

一方、ナルシシスト的な人格を持つ人たちはこういう二重人格的なところを日常的に見せるのです。

 

 

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ナルシシスト版ジキルとハイド

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ナルシシストの場合、「さっきまでとても機嫌が良かったのに、急に怒り出した」とか、「日常的にモラハラしてきてたのに、なぜか急に優しくなった」ということがよくあります。

 

 

私も元夫と過ごしているときに、「何この人?もしかして二重人格??」と思ったことが何回かありました。

機嫌よかったのに怒った、とかいうだけじゃなくさっきまで優しかったのに急に別人のように冷たくなったりするからです。

 

 

彼らはまるで、多重人格またはDissociative identity disorder(DID:解離性同一性障害)じゃないかと思えるような瞬間があります。

 

 

暴言や嫌がらせを日常的にするモラハラ加害者たちは、外の顔と家での顔があります。自分のイメージを良くするために外ではいい顔し、家に帰るとターゲットとなった家族たちに王様ぶりを発揮して威張り散らします。モラハラ男に捕まった場合、パートナーは彼らのサンドバッグ状態になるんですが、そのパートナーに対してさえ、優しくなったり愛情のようなものを見せたり、気前よくなったりするときがあるのです。

 

 

これが困ったところです。

 

それは、多くの人がこの良い時を「本当の姿」と思ったり「彼の良いところは大好きなの」とこの良いバージョンのためだけに怖いバージョンを我慢してしまうからです。

 

 

大抵のナルシシストはジキルとハイドに出てくるハイド氏のような殺人的な恐ろしいところまではいかないかもしれませんが、彼らの場合、このジキルとハイドが「薬を飲んだら」といった合図がないまま数日おき、数週間おきに起きたりします。

そして、時には1分前まで機嫌が良かったのに、急に怒って暴力的になった、ということもあります。

 

 

 

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普通になって欲しいだけ…いやこれがナルシシストの普通です

こういう2面性を見た時、私たちはジキル博士が本当の姿だし、この姿がずっと続いて欲しい、という希望を持ちます。

 

ハイド氏が出てきても、ジキル博士になる瞬間をじっと待ちます。たとえジキル博士になってもその瞬間が長くは続かないってわかっているのに次にジキル博士が現れるのをまた持ち続けてしまいます。

 

ナルシシストと付き合っている限り、ジキル博士とハイド氏を見続けることになります。そしてそんなナルシシストに付き合う人たちは「なんか病気みたいだからジキル博士に戻るように治してあげたい」と始めは思うのです。

 

でも、ここで理解しておかなくてはいけないのは、ナルシシストの場合は、薬を飲んで恐ろしいハイド氏になるわけじゃありません。

 

 

ジキル博士とハイド氏、ではなく、ジキル博士はハイド氏なのです。

 

別人じゃなくて、一緒の人ってことです。二つの人格じゃなく、ミックスされた一つの人格です。

 

 

 

これはナルシシストに詳しいThe little shamanの言葉がわかりやすいんじゃないでしょうか。

 

「If you choose to deal with pathologically narcissistic people on any level, you have to accept it this is the way that they are. The good aspects of their personality cannot and do not exist without the rest of it. It’s a package deal.
(もしあなたが病的ナルシシストとどんなレベルだろうが付き合うつもりなら、これが彼ら自身であるということを受け入れなければいけないのです。彼らの人格の良い面はほかの面なしでは存在しないってことです。つまりパッケージ取引ってわけです)

 

 

パッケージディールとは…。
まさにその通りです。

 

 

ハイド氏を消してジキル博士を100%にすることはできないのです。物語だと薬を飲まなければハイド氏にはならないですが、ナルシシストはどっちもが彼ら自身でいつ出てきてもおかしくありません。

 

 

 

しかも、もしそれが「オッケー、じゃあ月曜と火曜はガスライティングの日で、水曜は暴言一切なしのいい人になるわ、木曜と金曜は無視するか怒鳴るかで怒る日だけど土曜は被害者ぶって泣いたりするんでよろしく。日曜は浮気するんで家にいないから」

 

 

とかわかっていれば、まだ何とかやっていけるかもしれません。最悪だけど、子供のため…とか親だから…といった理由でそれに対して準備するしかないか…と思います。

 

 

でも、みなさんもわかってる通り、そんなスケジュール存在しません。全て彼らの気分や状況次第でランダムにハイド氏がやってくるのです。

これを知ってるのに「私はハイド氏を消してジキル博士になって欲しいだけ」と思ってしまう。

 

 

これがどれだけ無駄なことなのか、、ナルシシストの場合、ジキルはハイドなんだ、と思って希望は捨て、現実的にならなくてはいけません。

 

セラピーに行こうがカウンセリングに行こうが、彼らが変わることはありません。

 

 

 

 

 

 

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