ついに物に当たるようになったオリバー。私に恐怖心を与えることができたからか、「おまえは足が太い」「目が細い」「リンクルクリーム塗ってんのか?リンクルができるように笑?」など毎日好き放題の暴言を吐いていた。
一方で、幼馴染の母からの評価が落ちていくことを気にしていた彼は、私に味方を作らせないように必死になっているようにも見えた。
誰かわかって欲しい…
きっと誰もわかってくれないだろう…。でもせめて話を聞いて欲しい…。
とはいえ盛大にお別れ会をしてくれた家族や友人に対して、渡米したばかりなのに一体何といえばいいのか…。。。
「今度は私が親孝行をする番だからね」と書いた感謝の手紙を渡して別れた母に、心配をかけてはいけない…
子育てで忙しい友人に、くだらない嫌がらせのことで愚痴るなんてできない…
そう思っていた私は、ただひたすら悩み、誰もいないところで泣く、
それしかできずにいた。
そして、そんな私と同じようにオリバーを嫌がるエマに、ついに被害が出てしまうのだ。
妻をサポートしない夫
オリバーのモラハラがひどくなり離婚の話が出るようになってから、私は仕事を探そうと焦っていた。
まだ子供が1歳、預ける場所もないのに何ができるっていうの…。
でもとりあえず何かしなきゃ…
バイマを始めようと考えていたものの、他にも仕事がしたかった。
渡米前、私はオリバーの同僚の妻がハンドメイドの小物を売って月10万ほど稼いでいたのを思い出し、私もハンドメイドのオンラインショップをやろうか…と考えた。
(でも、ちょっと待って、、それには材料費とかの資金がいるし、仕入れもしなきゃいけない…ミシンはないから縫うのはダメだし、小物作るにも部屋もないし、エマがやってきてハサミとか触ったら危ないし…)
そこでわずかな希望を持ってオリバーに聞いた。
「私、オンラインビジネスしたいんだけど…。手作りのものをオンラインショップで売りたいの。前に話したことあるじゃん?ミシン買って欲しいな。」
オリバーはそれを聞いてこういった。
「オンラインビジネスっておまえよく考えてんのか?誰でも彼でもすぐに稼げるわけじゃないんだぜ。何がやりたいんだ、必要なものはなんだ、仕入れはいくらか、売り上げ予測は?企画書作ったのか。企画書作ってから言え。」
企画書出せ…
会社の上司かのように言い放ったオリバー。
まず初めの一歩である、相談の段階で完全に却下された私は、オリバーが夫婦なのに一緒に協力してサポートし合おうという気持ちが全くないことを知った。
(あの人、企画書とか偉そうに言ってるけど自分だってビジネスしたことないじゃん?仕事だって1年くらいしてないし)
偉そうにいう程のもの自分はないじゃんか、という気持ちと同時に私はこう自分に言い聞かせていた。
(確かに…私の考えは甘かったな…Etsyとかでお店だそうと思ってるけど夫とはいえ、ちゃんと企画書書いてから話すべきよね、、)
私はオリバーに出会う前、日本である女性と一緒にビジネスを始めかけたことがあった。
その人はメディアにも出ていた実業家の女性。その女性と話していた時に彼女が言っていたセリフがあった。
「みんなビジネスしたいって言って私のとこくるんだけど、企画書も持ってこないのよ。ホント企画書持ってこいってね~笑」
この言葉を思い出していた私は、実業家の女性とビジネス経験のないプータローと立場が全然違うことは置いておいて、言ってることは同じ、確かにその通りだ…私ってノー天気なアホだわ…と思ったのだった。それと同時にオリバーの協力は得られないだろうと思い諦めた。
オリバーの弟
オリバーには妹1人と弟が2人いた。一番下の弟マーカス(仮名)には婚約者の彼女マリア(仮名)がいて、ある日彼らが一緒に水族館に行こうと誘ってくれた。
私はこのマリアと数週間前に二人でご飯に行っていた。
「結婚生活どう?」
マリアに聞かれて、私は少しだけ悩んでることを打ち明けた。
マリアはそれからたびたび私とオリバーの関係を心配してメールをくれていた。
「マーカスにオリバーに結婚生活ってなんなのかアドバイスしてくれないかやんわりと伝えてみる。」
そうしてマリアとマーカスが私たちを誘い出してくれたのだ。
オリバーの弟は大人しめで優しい感じの人だった。
オリバーと全然違うな…
同じように両親がいなくて育ったはずだったけれど、オリバーの弟と妹の中で、これだけヤな奴で難しい人はオリバーだけのようだった。
弟たちに誘われて断れなかったオリバーは、私たちを車で1時間ほどの市中にある水族館に連れて行った。
本当ならウキウキした気分になるんだけどな…
楽しい気持ちにはなれなかったものの、オリバーの弟と彼女は親切な人たちだったため少し安心した私。
オリバーはやっぱりこの日は積極的にエマを抱っこして一日中イクメンぶりを見せつけていた。
その後のランチの時、マリアが言った。
「今度、友達と出かけるから一緒に行かない?エマのこと見てもらってさ」
私は視界に入ったオリバーの顔をチラリと見た。
(…それはきっと叶わないかも…)
そう思いながら私は笑顔で答えた。
「いいね!楽しそう!誘ってね」
オリバーから逃げるエマ
オリバーは私には険しい顔を向け暴言を吐いたり、不気味な笑みを浮かべて嫌味を言ったりバカにしていたが、エマにだけはよく笑顔で話しかけていた。
そんなオリバーのところにエマが自分から寄っていくことはほとんどなかった。
オリバーは、寄ってこないし近づくと逃げられるエマの気を引くために私を利用することがよくあった。
私と仲良くするフリをするのだ。
エマ、こんな状態に置かれて大丈夫かな…。
私は、オリバーを避けるエマが心配になっていた。
そしてエマがオリバーにも懐くようにわざと二人にしてみたり、「パパが○○買ってきてくれたよ」と話しかけたり、ネットでパパ嫌いな子供の記事を検索しては「たぶんこの時期過ぎれば大丈夫かも」と思い込むようにした。
ある日、私はオリバーに「トイレに行っている間エマを見ていて」とお願いした。
ちょっと心配だけどオリバーが嫌いっていってもトイレの間くらいなら大丈夫よね…
そう思い、急いでトイレに入って数秒くらいすると、エマの大きな泣き声が聞こえてきた。
「ぎゃあああああああーーーーん!!!」
ヤバい…早くしなきゃ!!
焦る私。エマの泣き声の向こうからオリバーの不気味な笑い声と「ハニ~!」「ベイベー」と言う声が聞こえてきた。どうやらエマを追いかけているようだった。
大泣きしてるとはいえ、オリバーが見てるんだから大丈夫だろう、と思っていると、エマの泣き声がこちらに近づいてきて、そしてその泣き声は悲鳴のように大きくなった。
「ぎゃああああああああああああーーーーーーん」
異常に大きな声の後ろで、「Baby, Are you ok?」 というオリバーの声が聞こえた。
(何!何かあったの!!!)
高鳴る鼓動を抑えて、私はトイレから出てエマを探した。
エマはオリバーから逃げ、私を追いかけてトイレの隣のキッチンまで走ってきたが、そのキッチンアイランドの角に額を打ち付けて大泣きしていた。
もっと早く追いつけなかったのか…オリバーは大泣きするエマを抱きかかえてあやしていた。
「おまえを追いかけて走って行ってアイランドの角で頭をぶった」
何もしないオリバーに抱きかかえられたエマは、泣きながら私に手を伸ばした。
私はエマを抱えて急いで冷凍庫から氷を出し、袋に氷水を入れて布でくるみ冷やし始めた。
(ぼーっと見てないでなんとかしろ!!!)
私の怒りは頂点に達していた。
この時、なんとオリバーは泣きながら走っていくエマを笑いながら追いかけ、スマホで撮影していたのだ。
「おまえよりオレのが育児がうまい」
「なぜかオレは子供に好かれる」
何度も言われたオリバーの声が頭でこだまし、私は怒りに震えていた。
エマは泣き続けていた。
氷で冷やす私の隣で、オリバーが(そうか、冷やすのか)と言った感じで冷凍庫をあけた。
彼が取り出したのはなんとほうれん草のピューレだった。
エマのご飯用に平らにしてジップロックに入れて冷凍しておいたぺらぺらのほうれん草ピューレをなぜか取り出し、エマの額に当てたオリバー。
(ほうれん草のピューレて!!なんでそれ出す!!!)
もう嫌。この人の側にいたくない…
私は寝室に移動し、泣きじゃくるエマの額を冷やした。
赤紫に貼れあがっていたものの幸い出血はしていなかったため、しばらく冷やしてから安静にし、様子をみることに。
散々、育児がどうのと私にダメ出しをしながら、自分はたった数分さえ子供の安全を確保できないオリバーに
「このクズが!!!」
と言いたい気持ちでいっぱいだった。
エマを抱え怒りに震える私のところに、オリバーがオートミールの入ったボウルを片手にやってきた。
「おまえを追いかけていったんだ(おれのせいじゃない)」
いろいろと言い訳のようなことを言い始めたのだ。
「でも見てて!って言ったのに何もしなかったじゃない!!!」
と言うと、オリバーは
「オレはすぐに冷やしただろ」
と言った。
「ほうれん草なんかじゃ冷やせないわよ!!」
オリバーは怒る私に余裕を見せたいようで、オートミールを食べながら私たちを見下ろして言った。
「おまえは子供が怪我するのを見たことがないのか?こんなことよくあることだ。エマもだんだんワイルドになっていってるってことだな。」
さらにこうも言った。
「流血しなかっただけマシだろ、でも次回は流血だな」
私ははらわたが煮えくり返っていた。
普段からちゃんと子供の面倒を見てくれたり、モラハラを繰りかえすような人じゃなかったら、私も「事故は起きてしまうもの」と思えたかもしれない。
でも、泣きじゃくりながら走る娘をスマホで追いかけ撮影しているオリバーの姿を想像すると、
『育児をしているパパを証拠として残している』
ようにしか思えなかったのだ。
怒り狂いながらも(早く立ち去れ!)と思って黙る私にオリバーは最後の言葉を残していった。
「おまえがおれのせいにするのは面白いな。お前の怒ったところはかわいいぞ。」
その数時間後、オリバーはこのときの動画をなぜか私に送ってきた。
今思えば、このときオリバーは自分がしてしまったことを正当化しようと必死だったのだろう。
失敗を認めることも自分が焦っている姿を見せることも絶対にできない、オレはいつでも正しくて誰よりも賢いのだから。
彼のナルシシズムは決して「エマごめんな」とも「次回は気を付けるよ」とも言わせることはなかった。
やりきれない気持ち
オリバーが立ち去った後、私はエマと横になりながら思い出していた。
オリバーにゴッドペアレンツがいるように彼自身も親戚の娘のゴッドファーザー(代父)だった。
その親戚は、私が渡米するまでオリバーの家にオリバーと一緒に住んでいた。
その時、オリバーのゴッドドーターが階段から落ちて口に切り傷を作ってしまったことがあったが、そのことをのちに彼は「親が見ていないからだ」と批判していた。
そしてあるとき公園では「他の親は子供をほったらかしにしていて見ていない、おれは常に危険じゃないか見ている」と他人の批判をしていた。
さらに私はトイレに行く前の出来事も思い出していた。
「エマが床に落書きしてるじゃないか」
オリバーがそう指摘してきた。
(壁はチェックしたけど床は気づかなかったな…)
私を見て、オリバーは責める材料ができたぞ、と言わんばかりに得意げに言った。
「てことはおまえはエマを見ていなかったんだな」
私はカチンときていた。
(そんなの拭けばいいじゃん、自分は子供を全く見てないくせによく言うわ)
オリバーはエマの世話を全くしないため、私は料理、片付け、お風呂の準備、お出かけの準備、片付け、遊ぶ、おむつ替えと全て一人でしていた。シングルマザーそのものの状態だった。
その状態でつきっきりで数秒も目を離さず娘を見ているなんて無理。チラチラ覗いて何をしているのかを気にかけるのが精いっぱい。
オリバーに指摘されたため、私は床を拭いてからトイレに行っていた。
そのときのことを持ち出し「おまえはエマが寝てる時に床の掃除をすれば良かったんだ(おまえは掃除を先にして子供をみていない)」とも言われていたのだ。
私は、モヤモヤした気持ちを消化できずに何度も同じことを考えつづけていた。
夕方になり、オリバーは私に「キッチンにバリケードの柵を買おうかとも思っている」と言った。
でも、きっとその柵をよじ登ってしまうだろう…と思った私は「そんなの意味ないわ、危険が高まるだけ」と答えた。
オリバーは「おまえはすぐ諦めるな」と言って去っていった。
何かを決める時、オリバーに相談された記憶はない。
バリケードの柵を買おうかと思う、と私の意見を求めたのは育児をしていない上にエマに避けられているため、仕方なく提案してやった、といった感じだったのだろうと思う。
「バイバイ」
翌日、オリバーは仲直りしたいのかエマをみかけるたびに声をかけていたが、エマはオリバーに全く近づこうとしなかった。
歩いて行った先にオリバーがいると、バツの悪そうな顔をして戻ってきてしまう。
そんなこともあってかオリバーは相変わらず2階に引きこもり、ずっとゲームをしているようだった。
その後、根気よく話しかけるオリバーはついにエマに相手をしてもらえたようで、私も少しだけ安心して見守った。
でも、近づいてよく見るとエマを見ているようでスマホを触っている。
普段私にスマホばっか触るなと言う彼はエマに相手にしてもらえなくなったからか、私に「オレは子供に媚を売ってませんよ」と言いたいのか、それとも単にゲームにハマってるかネット検索で育児なんかどうでも良いのか、とにかくスマホばっかり見ていた。
翌日、オリバーは相変わらず私に暴言を吐きまくった。
「離婚したら…」と言っていたから子供にも嫌われた今、私たち(というか私)を追い出したくてたまらなかったのだと思う。
エマはオリバーが近づくと
「ノー」
とか
「バイバイ」
としか言わなくなった。
さらに夜になると、寝室に私たちと一緒に入ってきてエマの機嫌を取ろうとするオリバーを締め出してドアを閉めるようになった。
オリバーが無理やりエマを抱きかかえようとすれば嫌がって泣き、
私がご飯の支度のため、遊び相手がオリバーしかいないと知ると、
私の方を見て泣きながら「バイバーイ」と言ってオリバーのところに行くようになったエマ。
ケガをした日のことは、オリバーにとってエマとの信頼関係を崩壊させる致命的な出来事になってしまったようだった。
そして私に、アメリカに来て初めての日本人の友人ができる。
(続く)
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