【許せない奴を許す方法】虐待相手でも許すべき?モラハラ男を許すと救われるという考え方はちょっと注意が必要。

ナルシシスト




みなさんこんにちは、アメリ子です^^。みなさんはモラハラ加害者に対してどんな感情がありますか?

私は今はとくに何の感情もありません。(-_-) ←何を言われても全くムカつかないってことじゃなく、彼の存在が私の心の中を占めてないって感じです。

 

モラハラの被害を受けた人たちは相手に対する何とも言えない嫌悪感が湧いていてなかなか消えないと思います。

そんな感情と戦ってるときに「相手を許すことであなたも楽になれますよ」と言われたらどんな気持ちになるでしょうか。逆に腹が立って泣きたくなるんじゃないでしょうか。

 

私は、自己愛性人格障害のナルシストたちのようなモラハラをして生きる人格障害を持つ人たちと関わってきた場合、「許すことで楽になれる」はちょっと違うと思っています。

でもそれは「許さなくてもいい」っていうこととも違うんです。

 

 

許すことにはプロセスがあるので、始めから許して楽になろうなんて頑張らなくても良くて、時間の経過や自分の人生観が変わること、など少しずつ前に進んでいくことでいつのまにか許せそうな自分になってる、許してもいいかも、許したら気持ちが楽になった…って進んでいくんじゃないかなと思っています。

 

ちなみに私の彼に対する感情は

嫌悪→憎悪→復讐したい→カルマの法則でバチが当たればいい→一生許せない→現実を受け入れる→どうでも良い→許せるかもしれない

っていう感じで変わっていきました。

 

 

「許す(または赦す)と救われる」ということについては宗教の教えや心理学的な考え方なんかがあると思いますが、私は「他人を利用することを何とも思わない」という人格障害者からモラハラを受けてきた立場からの考え方と合わせて執筆していきたいと思います。

 

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許すと赦す

 

 

そもそも「許す」と「赦す」はちょっと違うということで、この違いをまとめておこうと思います。

 

許す…「許可をする」「認める」「受け入れる」という意味がある(permission)

「~しても良いですよ」と相手の願いや申し出を受け入れたり、そうすることを認めること。

 

赦す…罪や過失を咎めないことにする(forgiveness)

赦を使う言葉は恩赦(オンシャ)・大赦(タイシャ)・特赦(トクシャ)・容赦(ヨウシャ)など罪を赦す意味

 

違いがあるにしても「許す」はどっちの意味でも使われることがあるとのこと。

 

今回の場合だと、

モラハラ夫が浮気を繰り返し相手が妊娠したけど許した。

→事実を受け入れた

 

モラハラ夫が私を殴ったことで私の腕の骨が折れたけど赦した。

→罪をとがめない

 

って感じでしょうか。

 

 

このニュアンスから言うと、「赦すことはできそうだけど許すことは無理」ってなりそうですね。

 

※許すと赦すは明確に使い分けられてるわけじゃないのでこの記事でも基本「許す」を使っています。心理学の専門家の説明でもforgivenessで受け入れると説明したりしているので許すか赦すかはちょっと難しいラインかもですね。

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自分を虐待する相手を許せないのは当たり前

ここまで人を憎いと思ったのは生まれて初めて

私はモラハラ元夫のオリバーと結婚するまでにもモラハラ男と付き合ってボロクソに言われたりお金を盗まれたりしたことがありますが、それでも基本的には人間が大好きで、友達も多く、他人を信用して生きていました。

 

ストレスになることは避けて、友達と楽しく過ごす時間を大切にして生きていたので、他人をめちゃくちゃ嫌いになるとかはほとんどなく(もちろん嫌いな人はいたけど今思えば誰を嫌ってたっけ?みたいな感じで)憎悪なんて感情も感じたことがありませんでした。

 

そんな風に生きてきた自分が、オリバーと結婚し、彼から毎日モラハラを受けることによって彼が大嫌い、という気持ちからだんだん顔も見るものイヤ、声を聞くのも存在を感じるのもイヤ、そして彼が憎い…というくらいまでの感情が湧くようになっていきました。

 

他人の目がある場所ではモラハラを隠していい人ぶり、誰もいなくなると私に嫌がらせや暴言を吐いては、子供の虐めレベルのことを繰り返し、私が望むことは敢えてしないことで私の精神を少しずつ破壊していく…。自分を愛してくれてるという相手をボロボロになるまで蝕む…世の中にこんな悪魔がいるんだ、しかもこんな身近に…。

 

 

 

 

短期間でされる嫌がらせじゃなく、何年にもわたって少しずつエスカレートする嫌がらせは心の奥底に到達し、修復が難しい場所を破壊していきます。

 

 

そんな風にただひたすらモラハラ攻撃を受けてきた私は、今までこんなに人を憎んだことがないというくらい彼のことが憎く許せなくなっていたわけです。

 

もともとケンカし合ってた相手への憎しみより、好きだった人から虐待を受けて芽生える憎しみってずっと深くなるような気がします。

 

 

 

でもそんな風に「コイツの事一生許せる気がしない」と憎しみの炎が燃えたぎっていた時期を過ぎ、今はその炎はほぼ消えてます。

 

 

怒り&憎しみの感情をグラフにしたらこんな感じかな。^^;

 

やり返したい、地獄に落ちろ…っていう時期がたぶん一番長くて、自分自身が一番つらかったし、自分のことも大嫌いな時期でしたね~。。

 

言い訳無用

 

オリバー自身、虐待を幼少期に体験して不安定な自我を形成したことが歪んだ人間になっちゃった理由ですが、それは他人を同じ目に合わせる正当な理由には全くならないですよね。それは彼自身が解決すべきこと。

 

私はたくさん良い人たちに出会ってきたのに、敢えて悪魔のようなモラハラ男を人生のパートナーに選んでしまった。それは正体を知らなかったとはいえ確かに自分の選択のせいで起きた結果です。

 

でもよく言われるような「原因は自分にあるよ」という原因自分論で片付けるには、この世の中って複雑なことや状況が多すぎるし、この場合は違うと思う。

 

そもそも選んだ時には虐待男なんて思ってなかったんだから「でも選んだ自分も悪いよね」なんて考えになるはずはないし、許せなくて当然。

 

 

酔っ払い運転のドライバーに大事な子供をはねられたとか、性犯罪の被害にあったとか、簡単に許せるはずのないことってこの世の中結構ありますよね。

 

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なんでもかんでも許せば世の中はめちゃくちゃになる

もしも何をしても結局は許される…なんてことになったら人間は欲望のままに生きればいいことになって、当然恐ろしい世の中になります。

 

 

それが学校でのいじめになったら、弱い子供はイジメられつづけ、イジメた子供は結局許してもらえるってことになるわけだから虐められる方が悪いよね…って結論にもなりかねない。

それどころか「どうせなら虐められるより虐める側になりたい」なんて親が考えるようになって子供を「強い子」という名目のイジワルに育て、世の中荒れ放題になるかも…って考えたら将来が心配になる。

 

 

悪いことをしたら捕まって罰を受けるからそれが抑制になる、としても、例えばナルシストのモラハラは今の法律ではほとんど裁かれることなんてありません。職場のパワハラとか、書類の偽造、とか法律違反とかならまだしも、家の中で「おまえはバカで何もできない女」「使っていい金は俺が決める」「悪いのはいつもおまえ」と言われるくらいで罰金になったり刑務所行になったりなんてしないですよね。

 

他人のメンタルを破壊して、体調も崩させる行為なのに犯罪にはならない。

 

世の中、ホントなら裁かれるべきことも野放しになってたりします。

だから平和じゃいられないんですよね。

 

ただ、世の中や他人の考えはどうにもならなくても、自分の考えは変えることができます。

それが「許すのか」「許さないのか」もそうだけど、それ以前にそもそも「自分はどんな風に生きていきたいのか」ってことなんじゃないでしょうか。

 

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赦すという宗教の教え

赦すと救われると聞いてまず思い出すのがキリスト教の教えです。

宗教について詳しく語るつもりはないですが、私自身は、仏教文化の日本で生まれたけど昔ヒンズー教の人と付き合ったり、イスラム教の知り合いがいたり、○○学会の勧誘を受けたり、キリスト教の友達がいたり、っていう経験があって、いろんな宗教に少しですが触れてきたので、特に肯定も否定もしないし、自分が何を信じるかはその人次第だと思っています。

 

でも、モラハラ被害者となってからはやっぱり「赦すことが大切だ」と教えるキリスト教の考えにはいろんな思いがありました。

 

心理学者のラマニ・ドゥルバスラ博士は「赦すことが大事と教える宗教はあるけど、この考え方は危険。虐待者を許す必要なんてない」とハッキリ言ってます。

 

これはやっぱりキリスト教のことだろうな、と思いますが、ナルシストのやることを許してしまってたら彼らはそれを感謝せず利用するだけなので絶対それは避けた方がいい、ってことで、彼らと縁を切った人が自分の癒しの過程で彼らを許すかっていうのとはちょっと違うかもしれません。

 

 

でもキリスト教徒はやっぱり「赦す」ことが大事な教えの一つとなっているのでどの段階にいようがその教えが基本です。

 

私は何となくキリスト教のことをもっと学びたいなぁと思ってたとき、娘の親友のママが熱心なキリスト教だったのがきっかけで彼女からいろいろなことを教わったんですが、その時に彼女からこう言われたんですよね。

 

 

 

「許すことはやっぱり大事よ。許さないとずっと辛い。私もずっと許せない気持ちでいたけど許してから楽になった」

 

 

実はアフリカ系アメリカ人の彼女は幼い頃に父親から虐待を受けてきた被害者で、暴力も振るった父親を長年許せずに生きていたそうです。彼女の母も暴力をふるわれていたそうです。

 

とても明るい性格からは全くそんな感じがしなかったのでビックリしたんですが、もともと親に強制されてイスラム教だった彼女がキリスト教になったきっかけは、母親が病気で倒れたとき看てくれる病院がなかなかなく、あちこちたらい回しになったあと、瀕死の状態になってしまって助からないかも…というとき何とか看てもらえた病院で奇跡的に命が助かったという体験だったそうです。

 

神様に祈り続けたことで命が助かったけど、助かった理由は誰にも説明がつかないほど奇跡だった。

 

きっと彼女にとって暴力父と違って明るい母は光のような存在で、母がいなくなることは耐えられなかったから必死に祈ったんじゃないかな~と思います。

 

この体験がきっかけで、彼女はキリスト教を学ぶようになり、父親とも縁を切ってずっと連絡を絶ったままアメリカに移住したのだそうです。

 

こうしてクリスチャンになった彼女は

「父親のことは簡単には許せなくて、20年くらいたってやっと許せる気持ちになったから連絡を取ったのよ、そうしたら本当に気持ちが楽になったの」

と言っていました。

 

 

このとき私は「実は私は元夫からモラハラを受けてたんだよね」と打ち明けたあとに彼女に言いました。

 

 

「私は、私を精神的に破壊寸前まで追い詰めた彼を許せないでいるんだ。もしもキリスト教がどんな人でも許さなくてはいけないというのなら私はキリスト教徒にはなれない」

 

 

この時彼女は「その気持ちはわかるわ。私もずっとそうだったから。」そしてやっぱり「赦すことが大事なのよ」と言って私のために祈るよ、と祈ってくれました。

 

この時、目を潤ませて「私は彼を許せない」と彼女に言った私は心の中で、「もうそれ以上許した方がいいって言わないで」と思っていました。私の心の中の何かがぷっつんと切れそうだったからです。

 

 

 

でも今は彼女が言ってた「許せる気持ちが出てきたの。もう過去のことは何とも思ってないわ」という気持ちが理解できます。

私自身の人生観が変わったからじゃないかなって思います。

 

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許すという心理学的な考え方

モラハラを受け続けて怒りや憎しみの感情が湧くのは自然です。

ただ、それを何年も引きずっていくのは本当に辛いし自分が心から幸せ、と思えないので、いつか自分のために憎しみや怒りの感情とサヨウナラしましょう、と「自分のために相手を許す」ことが大切だと言われます。

 

psychologytodayルビン・コッダム博士の記事によると「許しとは、起こったことを起こったまま受け入れること」であって、「起きたことを肯定するものではない」となっています。

相手が私を殴った、ということを「いいよ」っていうんじゃなく、「殴られた事実を受け入れる」こと。

 

コッダム博士は許すことは手放すことを意味していて、過去に囚われるんじゃなく、今に踏み込むことだとも言っています。

 

 

これを私はこんな風にイメージしています。

人生というレールを走る列車が、暴力や犯罪など治安の悪い最悪な地域に来てしまい、悪人から様々な妨害にあうが再びそこから発車して進んでいく

 

 

 

こんな感じです。

image

 

①この憎しみにまみれた恐ろしい街にとどまって「こんなんじゃいけない、何とかしなきゃ」と街の復興を考えるのか

→モラハラ夫が変わるまで許さない/相手がそれなりの罪に問われるまで恨み続ける

 

②ショックでどうしたらいいかわからずここに立ち止まってしまうのか

→怒りや憎しみの感情を抱えたまま過ごす

 

③妨害されて前に進めないからとりあえず降りてここで生活しながら幸せになろうとするのか

→自分の生活は見つけたもののまだ安心な場所(心の解放)にはいない

 

④明るくて人も優しい素敵な街を見つけるために列車を修理し、前に進むのか

→暗い悲しい恐ろしい感情とサヨウナラして前に進む

 

 

この「起きた事実を受け入れ(恐ろしい地域に来てしまった)」それを「手放し(通り過ぎる)」そして「今に踏み込む(新しい街に足を踏み入れる)」っていうことが「許すこと」

 

 

恐ろしい街に住む悪魔たちが私たちの列車が進むのを妨害しようとします。モラハラ夫は改心することなく、私たちまたは別のターゲットに悪事を働き続けます。

 

私がどうしても許せないって思っていた間は、③のモラ男のナルシストが悪魔の街を離れたい私の行く手を妨害しようとしていて進めなかった(進まない選択をした)からかなと思います。

 

時に悪魔は私たちが乗っている列車を壊しにかかるので進みたくても進めない。方法はあるけど難しかったりする。

 

 

私たちが許さないという感情に囚われているとき、私たちはいつまでもこの憎しみに満ちた悪魔の街に留まっていることになります。

ここにいる限り、たまに良いことが起きても本当の幸せはつかめない。

 

 

それならここを離れて自由になり心から幸せだと思える街に向かった方が良いんじゃないかな。

 

 

そしてもう一つ気づいておいた方が良いことがあるんじゃないかなと思ってます。

 

悪魔の街に住む私たち(憎しみや怒りに囚われてる人)と一緒に過ごしたいって思ってくれる人はどのくらいいるんだろう。

 

私なら天使の街に住む人と仲良くなりたい。

 

そうなんですよ。アイツが許せない、ムカつく…と心の奥底で思い続けてると良い人たちを遠ざけてしまうんです。

 

 

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許すことは弱さなのか

コッダム博士によると、許し=弱いとみなされる障害がある、と言います。

それは、許すことはいろんな定義があるけれど、共通しているのがこれら3つの要素で、

 

  • 加害者と出来事に対してよりバランスの取れた見方をする
  • 相手に対して批判的な感情を減らし、思いやりを高める可能性がある
  • 相手を罰する権利を放棄する

 

これらが「弱い」と考えられがちだということ。つまり「負け」のような感じに捉えられるという障害。

 

これに対してコッダム博士は「怒りや憎しみの感情を持つことは簡単だけど、許しにはもっと多くの仕事がいるから許し=弱さじゃなく、むしろ許し=強力なんです」と言っています。

 

私も、さっきのイメージを引用して言えば、「壊された列車を修理するのを諦めてその場にとどまる方が簡単。でも悪魔の妨害の中、列車を修理して前に進むなんてものすごく強いことなんじゃない?」って思います。

 

悪魔と戦う選択より悪魔を振り切り天使のいる街に進む選択をする
→これはものすごいパワーのいることだけど、ものすごい価値があること

 

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許しても相手は救われない

結構勘違いしちゃうんですが、さっきの項目のように許す=弱さだと思っていると、許すことで私は負け、相手が勝つってイメージしてしまいます。

それは絶対嫌だ!

ってなるのが当然ですよね。

 

 

でも許すことで救われるのは相手じゃなく自分。悪魔は悪魔のままです。変わったのは自分。

悪魔は生きてるから幸せかっていうとそうでもない。

 

 

例えば酔っ払い運転で誰かをひき殺した人がいた

→被害者は亡くなったのに加害者は罰則があるとはいえ生きている。人権も守られている。

 

 

こういうのは本当に納得いかないし、同じ思いをさせてやりたい‼と思うのが普通だと思います。

でも、加害者は生きてるとはいえ幸せだとは思いません。生きている=幸せじゃないことはきっとモラハラ被害者の方は特によくわかっていると思います。

 

 

そして、加害者に焦点を当てると悪魔の街から抜け出せないんですよね。加害者が生きて幸せになるなんて許せない!って気持ちになってしまう。モラハラ男の場合なら、モラハラ男が好き放題して幸せになるなんて許せない!って感じですが、そもそも彼らは心が腐ってるので幸せじゃないんですよ。

 

幸せじゃない人を不幸にしてやりたいと望んで自分が不幸になるなんて本末転倒じゃないかな、と思うんですよね。

 

なので、「許す」ってことは「自分が相手を憎む気持ちにお別れ」するだけで、その結果、相手が幸せになるわけでは全くないわけです。

 

 

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いきなり許す(赦す)のは無理

いくら「許す」ってことが「事実を受け入れること」や「自分のためになること」だとしてもいきなり許すのはまず無理です。

自分のためになるから、といきなりそこからしようと思うと苦しいし失敗すると思います。

 

どうしても許せないことを許そうと思う必要はない。許せたら楽になれる人もいれば、許そうとすること自体が自分を苦しめる人もいると思います。

 

私は、許すことで幸せになれる、と聞いて拒否反応が出る時期はまだそんなことを考えなくて良いと思っています。

まだ心がその準備ができていないからです。

 

私も今はそういう話を聞いても「確かにそれはそうかも」と思えるけど、少し前にはそういう話を聞いただけでカチーンときてました。

許すっていうプロセスには順序があって時間もかかるから自分のペースで進めばいいんじゃないかなって思います。

 

 

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許せない奴を許す方法

ナルシストと関わる人はまず怒りのコントロール方法を覚えるべし

一緒にいると常に怒りや憎しみの感情と向き合うことになってしまうナルシスト。この人たちとは可能なら関わらないのがベストです。

関わってる限り、どれだけ接触が少なくても必ずムカつく出来事が起きます。

私の怒りと憎しみの感情グラフが今完全なゼロじゃないのは、ナルシストとまだ関わっているからです。

 

 

「アイツ許せない!」とはもう思ってませんが、悪魔の街から出た私にも問題があって。

それが、ナルシスト(元夫)が列車にしがみついてるってことです。

 

 

 

離婚して共同親権だと、この人を列車に乗せなくてもいいけどこの人を振り払うことはまだできません。

なので、平和な時間もあれば、この人がいろいろ行く手を妨害する時もあるので、瞬間的にカチーンとくることがちょくちょく出てきます。

 

怒りのコントロール方法はこのカウンセラーサイトに載ってるので参考にしてみてください。

 

私は簡単に言えば、瞬間的な怒りの場合、

① とりあえず怒りの感情を受け入れる

② 6秒待つかしばらく無言(大脳辺縁系で「怒り」を感じ、6秒くらいたつと前頭葉で抑制するそう)

③ 一人になる

 

って感じでとりあえず始めは時間に解決してもらいます。

 

 

心理学的な許しのプロセス

psychologytodayのアンドレア・ブラント博士による許しのプロセスはこちら。

 

① 自分を怒らせた出来事を考える(起きたこととそれに対する自分の反応を受け入れる)

② その出来事から学んだことを考える(自分自身のニーズや境界線って何?私ってどんな人?)

③ 相手のことを考える(どうしてそんなことした?相手はどんな欲求を満たそうとしていた?どうしてそんな行動を取った?)

④ 相手を許したことを伝えるか伝えないか決める(伝えないなら一人で声を出して「あなたを許します」と言う。そのあと許すことのメリットをありったけ言う)

 

感情を処理し、境界を強化したり、ニーズを満たすために何をする必要があるかを学ぶことで起きたことを封印し(覚えてはいるけど)将来の出来事に備える。

 

私の許しのプロセス

① ムカついた感情を受け入れ、状況を把握する(どうしてこんなことが起きた?)

② 相手の心情を納得するまで分析する(どんな目的?何が欲しいの?この後どんな行動に出る?)

③ 人生観を確認(私はどうありたい?どんな気持ちで過ごしたい?どんな人間になりたい?)

④ アウトプットして客観的に自分を見る

 

こんな感じです。

どれも私にとっては重要なプロセスで、最近は②が得意になったことで割とすぐに冷静になり、結局こうなった方が自分にはいいよね、って考えに落ち着きます。

ナルシストが勝手に「勝って喜んでる」姿を見ても、心が腐ってるんだからそうだよね、でも私はあなたの感情にも生き方にも影響受けるつもりないからね、って感じです。

 

 

ただ、自分はこうやって感情を処理できても、ナルシストが娘に対してモラハラをする場合、私の怒りや憎しみはまた燃え上がるだろうなって思います。なのでそこは起きる前にできるだけ防ぐ!を徹底する+起きそうなことを想定して準備しておくしかないかな。

 

娘が一人前になるまでは全力を注ぎ、一人前になったら本人に任せ、私は悪魔を電車から思い切り振り落とそうと思ってます。

 

 

 

 

 

 

コメント

  1. U より:

    こんにちは。
    ナルシシストとの交際から別れまでのモラハラサイクルを、超短期間で経験してしまい、自分の気持ちが整理できずにいる者です。
    モラハラのことを書かれた中でも、アメリ子さまのサイトが一番自分の経験したことに当てはまることが多く、むさぼり読んでいるところです。
    Twitterでは、ナルシシストの行動に法的に適切な処罰も必須と書かれていますが、もしその材料(決定的な会話の録音など)をお持ちだったら、訴えますか?
    相手のしたことは許せないけれど、既に相手からはほとんど忘れられた存在になり、ほっとしているのも事実で、関わらずに済むなら赦すほうが良いのかとも思いつつ、泣き寝入りせずにきちんと対処すべきなのか迷っています。
    相手は尊大型ナルシシストで、社会的信頼が第一の仕事をしているため、私の持っている証拠はかなり痛手になると相談した弁護士には言われました。
    金輪際関わらず身の安全と落ち着きを取り戻すも、しかるべき措置を取るも、自分次第であると。
    万一の場合に報復されるのではないかという恐怖と、闘って自尊心を取り戻したい気持ちの間で揺れ動いています。
    ケースバイケースというか相手によりけりだと思うので、正解というものはないのでしょうが…。

    • ameriko ameriko より:

      こんにちは!コメントありがとうございます。
      モラハラサイクルを経験されてしまったんですね…。ご経験をシェアしてくださってありがとうございます。
      尊大型ナルシシストと付き合ってしまったってことなら金銭的なトラブルなんかに巻き込まれたり、ストーカー行為や違法行為なんかに巻き込まれてしまってないかな…って勝手に予想してますが、詳しい経緯とかがわからないので私だったらこうするかなーって感じの返事をさせてもらいたいなって思います。
      まず、もし子供がいる場合だったら子供のメリットになるなら戦うし、子供に悪影響なら戦いません!
      子供がいなくて「やられた!ムカつく!!」って状態だったら、相手が自分の命を奪う可能性があるかもって場合以外は戦うと思います。
      尊大型のナルシシストの場合フライングモンキーになる可能性のある人がたくさんいると思うので、そういう人からの誹謗中傷とかに耐えられないって場合は別だと思うんですけど、弁護士さんが頼れそうだったら私は徹底的に戦いますね。
      ナルシシストと戦うっていうのは火に油を注ぐだけなのでやらないってのが基本だと思うんですけど、別れて今後関わらなくてもいいって状態(で少しでも余力がある)んだとしたら、私はイネーブラー になりたくないから戦うって感じです。
      これって自分の中での境界線でもあると思うんですよね。
      Uさんが持ってる境界線と私の持ってる境界線は違うかもしれないので、これを勧めますって答えはないんですけど、私は世の中のナルシシストを好き放題にさせておくのはモラル崩壊を助長するだけだから嫌なんですよ。←(記事と反するかもしれないですけど、相手を許すことと違法行為を見過ごすこととは違うので、戦う内容次第??本当にケースバイケースって感じです!)
      でもあらゆる権力や人材をつかってこっちを地獄に突き落とす…ってタイプだったら(1対○○○ってなっちゃうので)直接的な戦いをするのは危険だから、そういうバランスを見て決めるのがいいのかなぁって思います。
      自尊心を取り戻す方法って、戦う他にもあると思うので(そもそも相手は低レベルの人間なので、悩む価値も使う時間ももったいないですし)まずはUさん自身を大切にして欲しいなって思います。

      モラハラ加害者も被害者も私たちみんなでこの世から消滅させていけたらいいですけどね。(; ・`д・´)

      • U より:

        早速のお返事、ありがとうございます。
        婚姻関係ではなく(子供もいない)、相手とは遠距離で短期間の付き合いだったため、洗脳や支配を免れたのですが、好きだった人に突然ひどい攻撃をされたので、かなり精神的なダメージが大きくて…。
        幸い物理的な距離があるおかげで、相手が自分を少しも愛していない、そもそも人間と思われていない、サンドバックか奴隷くらいにしか思われていないことは冷静に理解でき、向こうからの連絡に一切答えなくなったので、向こうからすれば浮気相手として「失格」と見放された状態です。
        私がされたことは、人としての尊厳を踏みにじられる行為で、ほかに人に同じ思いをしてほしくないし、そういう行為を次々相手を変えて繰り返しているのだとしたらやはり許してはいけない、と思っております。
        ただ、弁護士に相談した当初は、恐怖から「関りを断ちたい」一心で、今後どうするかは保留のまま一月が経とうとしております。
        そろそろ自分の中で決断しようという思いから、セカンドオピニオンを集めている次第です。
        アメリ子さまのおかげで自分が一人じゃない、と思えて幸いですが、同時にこんな酷い思いをしている人が世の中にたくさんいることに唖然とします。
        進展がありましたらご報告いたしますね。
        ありがとうございました。

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